ルクティア同盟
レインレイン。
降り注ぐ雨は何を詠うのだろう。
世界にささげる詩は、なにを詠っているのだろうか。
この痛みが現実なら。
レインレイン。
せめて『過去』という傷痕が消え去ります様に。
レインレイン。
―いつか、この『涙』という雨が『虹』へと代わります様に。
い つ か 虹 に 変 わ る 雨 。
「―全く…、どうしたもんだか。」
「全くだわ。」
生い茂る木々の間からわずかに覗く、暗い、灰色の空を見上げルークはぼやく。
そんな彼により添う様にして座っていたティアもそれに同意する様に頷き、長く、美しいライトブラウンの髪を揺らした。
今、二人が座っているのは、小さな洞窟の中。二人だけとは言え、こうも狭くては、お互いの体が密着し、恥ずかしい事この上なく、更に息苦しかった。
加えて、外は雨。それも霧雨、なんて生易しい物なんかでは無く、豪雨。ザーー、と激しい音と共に降る雨は二人の体温を確実に奪う。
ルークはもう一度ため息をつくと、ぎこちない動作で、体を動かし、自分の足――包帯代わりに白い布が巻かれている――を見つめ、更にぼやく。
「強行突破…、出来ねェかなぁ〜。」
「無理よ。その足じゃ。あと、頭も。」
「…やっぱり?」
即座に否定するティア。ルークはしかられた子供の様に肩をすくめ、ティアを上目遣いに見つめる。
「……ええ。確実に…。」
ティアはきっぱりいう。
その言葉からは冷たさを感じられるが、そんな響きとは裏腹に、ルークを心配する様な、憂いのある表情で、身を屈め、そっと布の巻かれたルークの足に触れた。同様の布が、彼の頭にも巻かれている。
「っわ!な、なななななな…っ!」
カァ〜〜、とルークの顔が一気に紅潮し、同時に後ずさろうとするも、そこは小さな小さな洞窟。ドカ、と壁にあたり、彼の体は以前変わらぬ位置で止まる。
凍えた彼女の指先は冷たいはずなのに、ルークの体はボゥッと熱く火照り、彼女の指が僅かに動くと、甘い、痺れのような感覚が体中に走った。
これまで経験した事の無い、得体の知れない感覚に戸惑うルークを尻目に、ティアは続けた。
「…ごめんなさい。私のせいで。」
そう言われ、ルークは自分達になにがあったのかをようやく思い出す。走馬灯の様に記憶が脳裏を駆けた。
―そうだった…。俺達はあの時…―
「バカでッけぇ敵だな〜!!」
ルーク達一向は、今、、まさにがけっぷちに立っていた。
左側に、聳え立つ断崖絶壁。
右側は、生い茂る木々が地面を隠す、高い、高い、崖。
そして、その間に陣取るかのように、モンスター――竜のような姿をしている、ドレイクだ――が数匹、こちらにギラギラと殺気に満ちた視線を向けている。ルークは剣を構えながらも、息巻いた。
「全くですぅ〜…。は〜あ、こんな所で戦いたくないなぁ〜。なんとかならないんですか?」
「仕方が無いわ。通り道の真っ只中にいては、避け様がないもの。」
面倒くさげにティアを見上げたアニスをなだめる様に、彼女は告げると、杖を構え、精神を集中させ始める。ゴウ、とマナが膨れ上がり、淡い光が彼女を包みこんだ。
その横で、アニスはむくれがちだったが、それでも巨大化したトクナガの背にまたがり、その背中を軽く叩いて、戦闘の地へと駆け出した。
軽快な足音を耳の端に捉えながらも、男性陣もまた、戦闘態勢へと入ろうとしていた。
「少々危険ですが、やむを得ませんね!―くれぐれも崖の下に落ちない様にして下さいよ!…特にルーク!!」
「やかましいわ!ジェイド!!テメェこそ、ロックブレイクで崖崩して、ガラガラガッシャーン!…なんてゴメンだぜッ!!」
「いや、お前ならやりかねんな。」
「っるせえ!!」
ガイは、心底、真剣その物の表情でルークの肩を叩く。本気で心配しているらしく、それがルークの癇に障ったのだろう。肩に乗せられた手を思いっきりひっぱたき、ガイに怒鳴りつけた。
「バカな事、やってないで、さっさとかたずけるわよ!!」
「わかってる!!」
弓に矢を番えるナタリアにそう答えながらも、ルークは剣を横薙ぎに払い、ドレイクに挑みかかって行った。
あれから幾分経ったであろうか。
気がつけば、体中が傷だらけ。剣を振る手はだんだんとその勢いを失っていた。
しかし、その疲労に反比例して、一向に魔物の数は減らず、ルーク達の体には、重い、疲労だけがのしかかるだけだった。
「チッ…、切りがない!!」
ルークがそう、嘆息した時だった。背中から、ガイの悲鳴が聞こえ、続いて、鈍い音。
「アニス!あぶねえっ」
「キャアアッ!!」
一瞬の間も無く、アニスの華奢な体はトクナガもろとも、ドレイクの体当たりを食らい、左方へと吹っ飛ばされた。
幸い、がげっぷちとはま反対の方向の為、崖下へと落ちる事は無かったが、それでも、聳え立つ、岩の絶壁に叩き付けられ、彼女はくぐもった悲鳴を上げる。
「かはっ…!」
「ティア!」
「ええっ――わかってるわ!」
青ざめた顔で――おそらく、アニスを心配し、焦っているのだろう――ナタリアがティアのほうを降りかえると、ティアは、今、まさに精神統一を始めたところだった。彼女の周りで暖かな癒しのマナが膨れ上がった。
「―癒しの力……!!ファーストエイド!!」
澄んだティアの声と共に、淡い光がアニスを包み込み、これまでの戦闘で受けた傷も、裂傷も、瞬時に回復する。
「……はぁっ…。」
ようやく自由が利くようになった体を動かし、アニスは巨大化したまま、地面にへたっていたトクナガをズルズルと手繰り寄せる。
それと同時に、俯いた顔がスッと上げられた。
暗く、そして、確かな怒りを湛えた鮮血を思わせる真紅の瞳で、ドレイクを睨みつける。その殺気で空気が凍りついたのは、反対側で戦闘を続けていたルーク達ですら、ハッキリと解かった。
半端では無い、その殺気と、背筋を駆けぬけた、ぞっとするような寒気で。
「……許さない…。」
押し殺したような声で、一言、一言。言葉が紡がれる。
それは――――――死の、宣告。
「…月夜ばかりと…思うなよっ!!」
それと同時にトクナガの手が、ほとんどメチャクチャといって良いほどに振り回された。それに巻き込まれたドレイクは皆、吹き飛ばされ、轟音と共にたたきつけられた。
「俺を巻き込むなよっ、アニス!!」
果たしてその声はアニスに届いたのだろうか。うっすらと怯えがルークの瞳に現れる。
そして、その恐怖感は、ドレイクがこちらにまで吹き飛ばされた時、明確な物になった。サァッ、とルーク、ガイの顔が青ざめ、剣を構えた手は恐怖のためか、僅かに震え、カチカチと、微かな音を立てている。
「チッ!――ガイ、アニスの加勢だ!!」
了解!と、少々引きつったガイの声を耳の端に捉え、ルークは、剣を構えなおし、近くにいたドレイクに切りかかった。
瞬間、殺気までの恐ろしい表情は何処へいったやら、アニスの顔がパッと無邪気にほころぶ。続いた甘い声は、明らかに、作り物なのであろう。
「あ、ルーク様〜!助けに来てくださったんですか〜」
「バカ言え、逆だ、逆!お前のフッ飛ばしたドレイクに、ティア達が巻き込まれねぇように来てやったんだ!」
すると、プゥ〜〜〜〜、と、アニスは頬をはちきれるのではないかと思うほど、思いっきり膨らませ、むくれた目つきになる。そして、一喝。
「ルーク様、ヒドイですッ!」
「俺達の方にドレイクを飛ばす方が何倍も酷いっつーの!!」
ガイは声を張り上げ、アニスに反論する。と、更にアニスの頬は膨れ上がる。
「こんなか弱い乙女になんてことをっ!」
「じゅーぶんたくましいわっ!!」
「もうっ!二人してェ〜!」
また、哀れなドレイクが一体、轟音と共に、絶壁へと叩き付けられた。
―ここまでは良かったのだ。
―そう、ここまでは。
―大きな誤算があったのだ。
「ルーク!上っ!!」
ナタリアの甲高い悲鳴が上がり、ルークは慌てて上を見上げる。自分の影が、大きく広がった。
「しまっ――!!」
―出遅れたっ!!
竜族特有の、巨大な翼が風を切り、かぎづめは、太陽の光を受け、ギラギラと輝く。それが、頭上に――
「させないっ!!」
バッとアニスが跳躍し、トクナガの長い腕が大きく振りかぶられた。
「ルーク!横に飛べっ!!」
ガイの指示のままに、体が動き、ルークはドレイクの陰から逃れる。
その直後―…
「でぇぇぇいっ!!」
―ドガァァァンッ!!
―つ・・・・・・強い…!!
ルークが戦慄する。
トクナガの腕が力任せに振り下ろされ、ドレイクの巨体が凄まじい轟音と共に、地面にめり込む様に叩き付けられたのだから。
「アニス!―お前、バカかっ!!」
「こんなとこでそんな技を使えば…!」
ガイ、ジェイドはほとんど同時に叫んだ。
そして、それに重なるのは、微かな振動と、乾いた音。
―ピキッ…、ビキビキッ!!
崖に、わずかな亀裂が走り始めた。
しかも、それは、恐ろしいスピードで、広がって行くのだ。
「ルーク!!はやくッ!!」
「わーってるっ!!」
ナタリアに返事をしてやりながらも、ルークは駆け出そうとした。
―――――――――が。
―ビキィッッ!!
亀裂は、裂け目と化し、崖を崩し、深い森へとその岩々を放り出す。
「危ないっ!!!!」
その悲鳴は誰の物だったのだろうか。
それを考える間も無く、澄んだ声で悲鳴が上がった。
「キャアアアッ!!!」
―ガラガラガラッッッッ!!!!!
落下する岩々は、少女の華奢な体を共に、巻き込んだ。
「ルークッ!!ティアがッッッ!!!」
「ティアァァッ!!!」
ガイに言われるまでも無かった。
―なぜ、あの時、体が動いたのか。
それは、ルーク自身も理解できなかった。
いても立ってもいられずに――――――
彼は、岩と共に落下して行く、ティア目掛け、飛び降りていた。
「ルーク様ァァッッッ!!??」
「あの、バカッ!!」
その声は既に届かないところまで、二人は落ちていく。
ギョッ、と、ティアの整った顔立ちが歪んだ。それもそうだろう。――真紅の髪の少年が手をこちらに伸ばし、ダイビングしてくるのだから。
「バカッ!なんで彼方も落ちてくるのよっ!!」
「っるせえっ!!手!―早くのばせっ!!」
コクリ、と彼女が頷くの同時に、少しづつ、ティアの腕が上へと伸びる。
―あと少し…!!あともうちょい!!!
焦る気持ちが、汗となって、額を流れる。
「―ルークッ!上っ!!」
「んだよ…ッ!!―…グ…ッ…!!」
突如、後頭部に襲いかかった鈍い痛みと共に、意識が薄れ行くのをルークは感じた。
―落石っ…か…、…よッ!
いまいましげに心の中で彼は呟く。
「ルーク…ッ!!」
ティアらしくもない、か細い声が漏れた。
ルークは、薄れ行く意識の中、細い、ティアの腕をつかみ、その体をしっかりと抱き寄せた――――――――――――――と、思った。
―で、気がつけば、この洞窟の中…か。
幸い、生い茂る木々がクッション代わりになり、大事にはいたらなかったが、落石がぶつかった後頭部はズキズキと痛むわ、足首は痛めるわで、ルークにとってはどっちもどっちだったが。
「ごめんなさい……。」
目を伏せ、ティアはもう一度呟いた。
伏せた長い睫毛が深い影を落としていて、俯いた横顔が、酷く、痛々しかった。
そして――――――。
それが、放って置けるはずも無かった。
「…バーカ。……んなもん、お前のせいじゃねぇよ。」
「でも…っ…。」
「いいから。…ほら、雨が止むまで、休んどけ。」
ニッと優しく笑うと、ルークは自分の足に触れていた、ティアの手をそっと握ってやる。凍え、冷たい手だったが、――暖かかった。
「…………っ!?」
「あっ…、あ〜〜…、ほら、冷たそうだったから…ッ!!―あ、お、おお、おれも寒かったし…!!」
恥ずかしそうに、顔を赤らめたティアを見るなり、手を握った本人である、ルークは彼女以上に顔を赤く染め、ブンブンブン、と激しく頭を振った。
「―――その…、嫌だったら。……良いけど…。」
精一杯の強がり。内心、
―断るなよ〜!
と、懇願しながらの台詞だった。
幸いにも、ティアは首をフルフルッと振り、綺麗に笑って見せた。―そして。
「いいえ…。お願いするわ。」
と、言うなり、ルークの肩に、トンッ、と持たれかかったのだ。
予期せぬ事態に、ルークは絶句し、ただ、唇をワナワナさせるだけだった。
体温が一気に5℃は上がったであろうか。頬が上気し、頭はもやがかかったかのように、ボウッとする。
服を通して、お互いの温もりが、心地よく伝わって来た。
―冷たいが、暖かい、その温もりが。
やがて、すっかり凍えた手が、温まり始めた頃、ルークはティアの肩に手を回し、ただ、一言だけ、呟いたのだった。
「俺でよければ…な。」
「―雨なんて初めてだな…。」
「…え?…あ、そうね。…彼方は……はじめてかも……しれな…い……ね」
「ま〜な。」と、ルークは無邪気に笑い、そして、一言、呟く。
「…うたれてみてぇな〜。」
「………………。」
「…おい……。」にやけていた彼の顔が、クッと引きつった。「ティア?」
いつもなら、そんな彼をなだめる声が、今はない。そんなことに微かな不安を覚えたのか、ルークは俯いた彼女の顔を、慌てた様子で調べた。
長く、そして柔らかい髪をかきあげ、整った、顔立ちをじっと見つめ―――。
微かな緊張が空気を支配し、重苦しい沈黙が流れた。
「っんだよ…。」
そして、安堵のため息をつくと、ドサリ、と壁にもたれかかりなおす。何故か、ほんのりと、その頬は紅く染まっていた。
挙動不審のあまり、視線は一定に定まらず、あちこちと、迷子のハエのように宙をさ迷う。
「すぅ〜……。」
「寝てるんだったら、寝てるって言えよなぁ〜…!」
邪気のない、いかにも、歳相応の少女らしいティアの寝顔を見られた事には半分感謝、そして、寝ているとはいえ、ティアに無視されたかのような仕打ちを受けた事には、半分苛立ちながらも、ルークは自分にもたれかかるティアを起こさない様に、そっと、自分の足を投げ出した。
―睫毛長かったし、肌白いし…。ま、綺麗…っていうのか…?
思い起こせば今まで、まともに女性、という人種を見つめた事もなかった自分に気付く。
見たとしても、側近のメイドか、くそ過保護な、自分の母親くらいだろう。
そう言う意味では、ティアは初めて、まともに会話を交わした人物なのだ。
イマイチ、扱いが判るはずも無かった。
それでも、ドギマキしている自分は、確かだった。
――理由は判らないが。
「…にしても…、雨……か。」
「なんか…、じっとしてられねぇな……。」
ニヤリ、と、笑ったルークの顔は、幼い少年の様に、好奇心に満ちていた。
いつもなら、それを止めていたであろう、ティアは、今や夢の中。
―ルークが、じっとしているはずは…無かった。
――――――何度も、同じ夢を見る。
少女の目の前には、黒い影が二つ、横たわっている。それが横たわる地面は、どす黒い血だまりが広がり、留まる事が無かった。
「―――母さんッ!?…父さんッ!?」
もう、物も言わなくなった「死体」を前にし、少女は悲鳴に近い声を上げた。
―やめて…っ…!…見たくないっ!!
そう心で叫ぶも、忘れかけていた、古い記憶は、非情にも。その映像を止める事はなかった。
―今までもそうだったのだから。
冷たい雨が、体を打つ。冷たくはない。―――ただ。――――――痛かった。
心も。
体も。
全てがボロボロの状態で。
それでも―――――――冷たい現実は、いつでも、真実なのだ。
「イヤッ……!!…こんな…こんなのっ!!」
―認めたくない。
だが。
―それが現実である限り、認めなければなら無いのだから。
―それに…、これは夢。……そう…、夢なんだからッ……!!
「イヤッ……!イヤアァァァッ!!!!」
少女の酷く悲しい声が、空に響き渡った。
そして、そこで唐突に、映像は、途切れた。
ハッと、ティアは瞼を開け、肩で荒い息を繰り返す。
「ハァッ…、ハァッ…ッ!」
こんなに寒いと言うのに、汗が全身をぐっしょりと濡らし、髪が額にべっとりとくっ付く。そして、寝ていたにもかかわらず、体には酷い倦怠感がのしかかる。
まだ――――。脳裏には、自分の幼い頃の映像がちらつく。
そとは雨。
「…あの時と…一緒………。」
そう。
両親を失ったあの日、幼い彼女の体に振りかかったのは、冷たい雨。
あそこから、彼女は兵士としての―軍の武器としての、生活が始まったのだ。と、改めて思い出す。
「らしくない…わね……。今更、あんな夢、見て取り乱すなんて…。」
フッと自嘲気味に笑みを漏らすと、彼女は姿勢を直そうとし、ビクッと、体を振るわせた。
額を、一筋の汗が流れた。
「ルー……ク…っ?!」
いない。
彼女が眠りに落ちるまでは、側にいたはずだった。
「……ルーク…!?」
もう一度小さく呟き、そして、それから、自分の体に、白い布――否、服がかけられている事に気付く。
それは見覚えのある、白い衣類。
背中に、黒で何か――獣のような、悪魔のような…ハッキリとしない――のマークが描かれ、黄色い縁取りの施された―。
「……暖かい……。」
それはまだ、温もりを保ち続けている。
ふいに――――――。
それをギュッと抱きしめる様にすると、ティアは、真っ白な布地に顔をうずめる。
フワッと、彼の匂いが、心を切なく満たした。
―まだ・・・・・・、思い出したくない。
自分の記憶と立ち向かう勇気など、まだ―――無かった。
―まだ・・・・・・このままでいたい
―このままでいさせて・・・・・・。
「あれ、ティア。…起きたのか?」
「ヒャッ!?」
突如。
現れたのは、少年。
無邪気に笑みを見せ、少年―ルークはひょっこりと洞窟の外から顔を覗かせた。その顔、髪、全てがビショビショに濡れていたが。
「ヒャッ、てな〜。俺は化けもんかっつーの!」
世間知らずとはいえ、人並みにいささか傷付いたらしい。彼は半眼になると、ブー、と膨れて見せた。そんな彼に苦笑しながらも、ティアは言葉を続けた。
「ルーク…。………何してるの?!」
「雨に打たれてた。」
サラリ、といい、ルークは追っていた腰を元に戻し、ウ〜ン、と伸びをした。
せっかくの良い顔立ちも。夕焼けの様に美しい髪も。ビショビショに濡れているせいで、貴族、と言うより、そこらにいる、みずぼらしい少年に見える。
「バ…、バカッ、何してるのよ…!風邪引くわよ!!」
「そんなにやわじゃねーよ。―ティアもどうだ?結構気持ちいぜ。」
「いっ、嫌よっ!!」
ブンブンと首を振り、ティアはキッとルークを睨む様にして、見上げた。
つれねーなぁ。と、ルークは言うと、空を見上げるようにして、天を仰いだ。
「おれ、屋敷に閉じ込められてたから、雨に打たれるなんて、はじめてだしなぁ。な?」
どこか、嬉しそうにルークは言った。
そんな彼をティアは、眩しそうに見つめた。
が。
「て、ちょっと!!なにお姫様抱っこでって、外に出さないでぇ!!」
「いいからいいから♪」
「よくな〜い!!」
――油断していた。
気がつけば。ルークがティアをお姫様抱っこで洞窟から強制撤去し、外へと連れ出していた。
「な、気持ちイイだろ!?」
「……冷たい。」
すっかりビショビショになってしまった、自分の髪と、服を見比べ、いまいましげにティアは呟いた。
そんな彼女の様子を気に求めず、ルークは両手を広げ、まんえんの笑みで空を見上げていた。――ご機嫌はとても良いらしい。それだけが自分のみずぼらしい恰好に見合う、唯一の救いだった。
「そういやさ、雨の後って、虹って奴が出るんだよな?」
「そう。虹が出るわ。」
ティアが頷いたとたん、ルークは更に微笑む。
「いいなぁ〜〜!見れるかな?てか、みてぇ!!なんか俺、雨が好きになった!」
「………。」
―雨。
―それは…、私から全てを奪った日、降り注いだ物。
―私から…全てを奪った………。
雨に打たれ、嬉しそうに笑う、ルークの影が、何かと――――――重なった。
「雨、止むと良いな。」
そう、言ったのは、幼いティア。傘を差し、雨の街を父親と歩いている。
「でも、雨だって良いぞ。」
「どうして?雨が降ってたら、なんかつまんないモン。」
プゥ、と頬を膨らませた彼女を、父親は、やさしく諭す様に笑う。
「雨の後には虹が出るからな。だから、雨だって良いぞ。」
「ふぅん……。」
あの時、父さんはそう言った。
でも―――――――。
私から全てを奪ったのも―――――――――雨。
「―…雨なんて…、嫌いよ。」
「へ?」
「―良い事なんて…なにもない…。……何も無いものッ!!」
酷い痛みを伴ったその声に、ルークは心を掻き毟られるかのような感覚を感じた。
「ティア?」
心配になり、彼はティアを良く見ようと、離れていた距離を、ゆっくりと縮める。俯いた彼女の肩は、細かく震えていた。
―泣いて……るのか…?
「お、おい…?どうしたんだよ……。」
「…何でもない……っ!―なんでもないのっ!!!」
すぐに気丈な声が帰ってくる。が、その声は、震えていた。
―何でも無いはずねぇだろ…。
「なんでもない…」
それだけを繰り返すティア。
ルークは訳が判らん、と言わんばかりにただ、眉をひそめていた。
いつも、冷静だった彼女が、どうしてここまで取り乱すのか。
「話さなきゃわかんねぇだろ?」
「判らなくて良い…っ」
―なんでだよ…。
―なんで言ってくれねぇんだよ…。
強い苛立ちが、心を支配していた。
いつもとは全く違うティアが、そこにいるだけで。
もっと……そのティアを…知りたくって。
…動かない心を…、動かしたくって。
「ったく…、良いから、言えよ…!!」
ただ、一言。
それだけ言うと、彼は、か細い『存在』を、
―――――――――強く。
―――――――――抱きしめていた。
ピクリ、と、細い肩が跳ねる。
確かな温もりが、体を包みこんだ。
―暖かい……。
ただ、それだけで。
心の『殻』が、壊れて行きそうだった。
その、暖かい少年が、耳元で呟いた。
「お前…、我慢しすぎだっつーの……」
「――――――もっと…、弱いとこ、見せていも良いんだぞ…?」
なんで、こうも暖かいのか。
ずっと隠してきた、ココロが、―弱い自分が、出てきてしまいそうだった。
兵士に、弱い心なんて必要ない。
ずっと。そうして隠してきたのに。
『ルーク』と言う存在は、その『殻』を、こなごなに砕く様だった。
その…、温もりで。
その…、優しさで。
「俺しか聞いてないんだから。…良いだろ?」
―この少年になら…言ってもいい…?
―ヨワイジブンヲ…ミセテモイイ?
やがて。
ポツリ、とティアは言った。
「……雨の日……両親が……死んだ。―――それだけの話。」
と。
それだけでスイッチが入ったかのように、ルークの顔が青ざめ、ティアの体に回した手は、その力を増す。
こころなしか・・・。その手は震えていた。
あの日、幼いティアは、雨の街を両親と共に、歩いていた。
それを奪ったのは……度重なる、戦乱。
平和だった街にも、それは牙を剥き、襲いかかったのだ。
何があったのか、良くわからない。――否、覚えていない。
気がつけば。彼女は、全てを失っていたのだから。
「それだけって……、全然それだけじゃねーよ!!…なんで…っ隠してたんだ…」
「―弱い自分なんて…、必要ないもの。……私は…、兵士…」
「関係ねぇっ……兵士?兵士だから、弱い心が必要ねェ?んなもん、かんけぇねぇ!」
強く、強く。
ルークは、ティアを抱きしめ、言い聞かせる様に一言、一言、言葉を紡いで行く。
「…お前も…弱いココロ…、見せて良いんだよ」
「………っ…。」
―いつもの、ティアは…、本当のティアじゃないのかもしれない。
―本当のティアは…、もっと…儚くて。すぐに壊れてしまいそうで。
―もっと……。弱かった…。
「ティア?」
ふと。
腕の中の彼女が、涙を流しているのに気付き、ルークは密着させていた体を離す。
宝石の様に美しいそれは、雨の中でも、ハッキリと見て取れた。
瞳から頬を伝い、『雨』のように、滴り落ちる。
「おいっ…な…、泣かなくたっていいだろ!?」
「…っく…だ…って…。」
「……。」
言うと、ティアは、無理矢理、拳で涙を拭い、泣き顔を隠そうとした。
が、
ルークはその手をつかみ、やめさせる。
「…いや、泣いていい。…気が済むまで。」
「…どっちなのよ。」
涙の滲む瞳で、ティアはルークを見上げた。
「あ〜〜〜〜〜〜!泣け、ほら、泣けってば!!」
やけくそなのか。
それとも、照れ隠しなのか。
それは、ルーク自身にしか分からないことだった。
ただ。
ティアの涙がかれるまで、ずっと。
ずっと――――――。
その、か弱い『存在』を、彼は、自分の腕に、抱きとめていた。
―泣きたい時は、泣けばいい。
―いつか、その『涙』が『虹』へと変わるのだから。
「ティア…、えっと…。」
「何?」
じっと、美しいサファイアのような瞳で見つめられ、ルークはもごもごと、口を動かすだけだった。
ティアは、小首を傾げ、しばらく、ルークの口元を見ていたが、不意に、その視界は、紅―ルークの夕焼けのような髪―によって埋め尽くされた。
「ほ、ほらっ!!あ、雨、止んだ!!」
無理矢理、言葉をつなぎ合わせると、ルークは遥か彼方、青い空を指差した。子供のように無邪気な笑顔が、空で光る太陽よりも眩しく感じられ、ティアは目を細めた。
「…そうね。」
「おわっ!!スッゲェ!!!これが虹かぁ!!」
青い空。
美しい七色の帯が一線。
希望の様に、美しく、煌びやかに、輝いていた。
「…………っ…」
その美しさに、ティアは息を呑んだ。
―虹って…………こんなに綺麗だった……?
と。
「な、やっぱ雨ってイイだろ?!」
呆然と虹を見つめる彼女の横で、太陽のようなまぶしい笑顔で、誇らしげに言うルーク。
ティアは、ハッと視線を戻し、優しく微笑み返すと、大きく頷いた。
「ええ…。………そうねっ」
あの時、ルークが言おうとした言葉を、ティアは心の中で繰り返す。
―俺が…、いるから。…その『雨』が……、『虹』に変わるまで。
唇の動きだけで、ハッキリとわかった。――なにせ、言葉を唇から読む事など、軍人としては、基本中の基本の動作なのだから。
きっと、それを本人に言えば、顔を真っ赤にして、否定するだろう。
「…ルーク…。」
「んあ?」
振り向いた次の瞬間、フワッと甘い香りが背後から漂う。
温もりが、背中を包みこんだ。
「……アリガト。」
後から抱きしめられたまま、ルークはわずかに顔を俯け、ポリポリと、頬をかく。
「…ああ。」
――――――もう、『雨』は、降っていなかった。
レインレイン。
――――――アナタのココロに、『虹』はありますか?
fin……。
後書き
・・・と言うわけで(どんなわけだ)ルクティア小説、「いつか虹に変わる雨」でした。ひとつ、言っておきますと。私はアビスを持っているけど、PS2が無いっ・・・(バカなんですはい、バカです)そのため、二人の人生やらは一切知らないんです。そのため、ほとんど第一印象で、「こんな感じ?」で作られています。
その節に関しましては、文句、反論は一切お受け致しません。
今回、ティアのココロの『雨』が『虹』になる・・・と言うテーマなんですが・・・。もう、ラヴラヴな二人が書きたかったはずが・・・何処で間違った?・・・どう言うわけか、こんな小説に・・・・・・。(気にしたら負けだ。)まあ、これからも、こんな私ですが、宜しくお願い致します。
さいごに、私なんかの小説をここまで読んで下さってありがとう御座いました。
トワでした。
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作品提供者:トワ様
す、すすすすす素敵なルクティア小説ですよ…!!?
戦闘シーンや二人の優しい雰囲気と心情、ティアの過去に対する気持ちが、
凄く綺麗に描写されていて…最後は思わず感動してしまいました!
トワ様、素敵なルクティアをありがとうございましたーvv
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